| すでに著作権が切れているものから石垣島や八重山に関する本の特集です。 |
| 著者 |
タイトル |
本文の一部 |
| 太宰 治 |
地図 |
石垣島は可成大きい国であつた。そして兵も十分に強かつた。 |
| 池宮城積宝 |
奥間巡査 |
石垣島の南東百六十海里の沖に低気圧が発生して北西に進みつゝあると云ふのであった。 |
| 折口信夫 |
鬼の話 |
琉球の石垣島の盆の祭りには、沢山の精霊が出て来た。即、おしまひ(爺)・あつぱあ(婆)が多くの眷属をひきつれて現れ、家々を廻つて、祝福をして歩く。 |
| 折口信夫 |
古代生活の研究
常世の国 |
先島列島の中、殊に南の島々の寄百姓から出来た八重山の石垣島は、此場合挙げるのに便宜が多い。 |
| 折口信夫 |
組踊り以前 |
八重山離島をはじめとして、其風俗を移した石垣島の二三个村の「あかまた・くろまた(又、あをまた)」の所作を見ても知れる。 |
| 折口信夫 |
琉球の宗教 |
まやの神は、石垣島で六月の頃行ふ 穂利 ( フリ ) の祭りの日に、ともまやの神を連れて家々を祝福して歩く神である。 |
| 折口信夫 |
信太妻の話 |
八重山の石垣島では、とりわけ此考へが著しく残つて居る。 |
| 折口信夫 |
國文學の發生(第三稿)
まれびとの意義 |
客をまれびとと訓ずることは、我が國に文獻の始まつた最初からの事である。 |
| 折口信夫 |
万葉集の解題
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まづ万葉集の歌が如何にしてあらはれて来たか、更に日本の歌がどういふ処から生れて来たか、といふこと即、万葉集に到る日本の歌の文学史を述べ、万葉集の書物の歴史を述べたいと思ふ。 |
| 折口信夫 |
若水の話 |
ほうっとする程長い白浜の先は、また目も届かぬ海が揺れてゐる。 |
| 折口信夫 |
翁の発生 |
翁の発生から、形式方面を主として、其展開を考へて見たいと思ひます。 |
| 杉田久女 |
梟啼く |
私には信光(のぶみつ)というたった一人の弟があった。 |
| 中里介山 |
大菩薩峠 恐山の巻 |
田山白雲は北上川の渡頭(わたしば)に立って、渡し舟の出るのを待兼ねている。 |
紫式部
與謝野晶子訳 |
胡蝶 |
三月の二十日(はつか)過ぎ、六条院の春の御殿の庭は平生にもまして多くの花が咲き、多くさえずる小鳥が来て、春はここにばかり好意を見せていると思われるほどの自然の美に満たされていた。 |
| 横瀬夜雨 |
花守 |
我が夜雨の詩を讀みたるは、七八年前某雜誌に載せられたる『神も佛も』といふ一長篇を以て初めとなす、 |
| 浜尾四郎 |
殺人鬼 |
二、三日前の大風で、さしも満開を誇つた諸所の桜花(さくら)も、惨(いた)ましく散りつくしてしまつたろうと思われる四月なかばごろのある午後、 |