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石垣島の本-特集石垣島文庫

石垣島や八重山に関する本の特集です。
すでに著作権が切れているものを掲載しております。
著者 タイトル
中里介山
大菩薩峠 恐山の巻

      百七十一

  お角さん一行が、こうしてピクニックを楽しんでいるところへ、血眼(ちまなこ)で乗りつけた一行に果して関ヶ原以来の因縁が宿っているか、いないか、それはわかりません。
  ただ、せっかくのお角さんの清興の席の前へ、右の一団のならず者、よた者が集まって、盆蓙(ぼんござ)を敷いてしまったことだけは眼前の事実です。
  そうして、南京(ナンキン)バクチと、丁半とをおっぱじめてしまいました。
「いかに何でも、これは無作法過ぎる」
と、お角さんはムッとしながら、そのならず者を見つめていると、
「いいってことよ」
を連発する江戸まがいの三下奴(さんしたやっこ)があるかと見れば、
「うだうだ言やはるな、ちゃア」
と上方なまりをむき出したよた者もある。とにかく雑種であって、本場物ではないが、東西聯合のトバと見れば見らるべきものです。
  これらの連中が、今や、夢中だか、狎合(なれあ)いだか知れないが、血眼になって、丁半、ちょぼ一を争いはじめました。
  それが、今いう通り、お角さんのピクニックの清興のつい鼻先なので、そうして、この盆蓙を敷くに当っても、お角さんに向って一応の渡りもつけていないのです。
  癇(かん)の強いお角親方が、その仕打ちをムッとしないはずはないのですが、そうかといって、旅先で事を構えたがるようなお角さんではないから、その安っぽいならず者どもを横目に、見て見ないふりをしていました。
  ところが彼等は、いよいよ増長し出してきました。そうして、何かポンポン啖呵(たんか)をきったり、巻舌をつかったりしてみるのだが、お角さんの眼で見ると、板についている奴は一人もない。「いいってことよ」とか「べらんめえ」とか連発するが、虫酸(むしず)が走るようで聞いていられない。ことに、「あんたはん、うだうだ言やはるな、ちゃア」に至っては、上方弁というものが本来、啖呵を切るには適していないので、お角さんが、うずうずして、どうにもこうにもならない。
  いかにぶしょく渡世のやくざ者にしてからが、こいつはあんまり下等過ぎる。事と次第によっては、ぶしょく渡世ほどかえって仁義が厚いもので、みだりに、こうして、素人衆(しろうとしゅう)のいる鼻っ先で、トバを開くなんてことはしないものである。こいつら、三下のうちでも、よくよく下等の奴だと、お角さんが腹にこたえながら観念の眼を以て見ているうちに、その丁半、ちょぼ一が、全く八百長であることを見てとりました。
  東西聯合のトバといえばすさまじいが、こいつら、真剣に勝負を争っているのではない、気合がウソだ、八百長だ、とお角さんが見てとると共に、八百長だとすれば、またおかしいじゃないか、いったい、何のために、ここまで来て、人の鼻っ先で八百長バクチをして見せなければならないのかと、考えているうちに、お角さんが、
「ハハン――」
と来ました。こいつら、誰かに頼まれて、いやがらせに来やがったんだよ。
  誰を、このお角さんをさ。いったい、お角さんに何の恨みがあるか知れないが、胡麻(ごま)の蠅めらのするこたあ、江戸ッ子にゃわからねえのさ。笑わせやがらあ、今日はその手に乗らないよ。
  お角さんは、ついと立ち上って、一行の者に言いました、
「蠅虫が出て来てうるさいから、山王様へ行きましょうよ、山王様へ」

          百七十二

  お角さん一行が、急に毛氈(もうせん)を巻いてこの場を引払うと、南京バクチの一行が、つづいてまた盆蓙(ぼんござ)を引払って、一かたまりになって、ぶらりぶらりとお角さんの一行のあとをついて来る様子です。
  こいつら、いよいよあれだ、お角さんは、せせら笑いながら、ゾロゾロと予定のプログラムである山王様の方へ向って、ブラブラと進行をはじめますと、そうすると、右の安バクチうちの一行は、またブラリブラリと、お角さん一行のあとをつけてやって来る。
  ついて来やがるな、だが、お見受け申したところ、啖呵も切れないが、凄味(すごみ)も利(き)かない奴等だ、あいつらの器量では、せいぜい、いやがらせをしてみるくらいのもので、腕出しをするだけの度胸はない、万一、何か手でも出しゃがッたら、只は置かないよ、こういう時に、あの友兄いの奴でもいりゃ、思いきり眼にもの見せてやるんだが、なあに、あの辺のお安いところならば、このお角さんの一睨(ひとにら)みでたくさんだ――
  とお角さんは、充分にこいつらを見くびりながら、山王様の方へ進んで行きました。
  お角さんの見くびった通り、こいつらは、いやがらせ以上のことを為し得る奴等ではないかも知れないが、そのいやがらせも、こっちの虫のいどころによっては、事が起らないとも限らない。
  こうして、お角さんは、送り狼だか送りよた者だかわからない奴等に送られて、山王を目指して行きましたが、一行のうちの誰もが、お角さんのそんな腹の中には気がつかず、相変らず遊山気取りでブラリブラリと進んで行きました。
  ところが、まもなく、一行のすべてのこのいい気分が、ぶち壊されて、ふるいおののくような事件が出現したのは是非もないことです。それは、うしろから、例のよた者が、急にふるい立って殺到して来たわけではない。松並木になって、左右が畷(なわて)に続いている札場のところまで来て、
「ああ、怖(こわ)――」
と、殿(しんがり)として後ろにやや離れていたお角さんを別にして、一行の者が往手(ゆくて)をのぞんで立ちすくんでしまいました。
  見れば、その松並木の松の根方や往来へ半ばかかったり、畷道へのめったり、甚(はなはだ)しいのは、往還の真中へ重なり合った、人間の死骸の山です。
  みんな斬られている。どこを、どう斬られているかわからないが、無慮五六人の屍骸は、眼通りに斬り斃(たお)されて散乱している。しかも、斬られたこれらの人体(にんてい)を見ると、後ろからついて来ている送りよた者の種類とは違って、いずれも、れっきとした武士姿である。それも、それぞれ充分に身固めをして、しかも、いずれも白刃を抜いて手にかざしたり、取落したりしたまま、右のように散乱と斬り倒されている。
  斬られたには斬られたに相違ないが、やみやみと斬られたのではない。斬る方も、斬られる方も、充分覚悟の上で、おのおの死力を尽して戦った結果がこれなのだ。数えてみると、六人が物の見事に斬られてはいるが、斬ったのは何者。それはわからないが、斬られて斬られっ放しで、収容する者がなく、たとえ若干の時間の間でも、青天白日の下に曝(さら)し置くとは、無惨の至りではないか。

          百七十三

  お角さん一行の先陣は、体をおののかせ、目をつぶって、はせてその屍骸の前を通り抜けて、遥かの彼方(かなた)へ、やっと落着きました。
  殿をつとめたお角さんだけが、足をとどめて、じっとその斬られぶりを熟視していたのです。
  一方に小屋がけをして、番太のようなのが控えている。それに向って、お角さんがたずねました、
「どうしたのです、これはまあ、惨(むご)たらしいねえ、どうして早く取片づけてあげないの」
「へへえ」
と番太が、おぞましい声で返事をしました。それをも、お角さんは、煮えきらない返事だと思って、
「お見受け申したところ、立派なお武家たちじゃありませんか、何はどうあろうとも、早くこのなきがらを取片づけて、人前に曝さないようにしてあげなけりゃ、恥ではありませんか」
とお角さんが、事のあまりに無情なると、緩慢なるとに憤りを発して、こう言いますと、番太は、この女の人からお叱言を食う筋はないというような面(かお)をして、
「へへえ――ところが、どうも、お相手がお相手でござんしてな、お奉行も、お代官も、お手がつけられやしまへんさかい」
「なんにしても、いけませんね、こうして、一匹一人のおさむらいを、曝(さら)しものにかけて置くのは無慈悲というものなんです、なんとかしてあげられないものかねえ」
「それがその、お相手がお相手でござんしてなあ」
「相手が相手だって、お前さん、お上(かみ)のお手をお借り申せば、どうにかして上げられそうなものじゃないか」
「それが、その――このお武家をお斬りなはったのは、壬生(みぶ)の新撰組の衆でござりましてなア」
「え?」
「壬生の新撰組の御浪人衆が、この通りお斬りになりはって、どうも、はや、手がつけられやしまへんさかい」
「みぶのしんせんぐみですって?」
「はい」
「みぶのしんせんぐみとは、どういうお方か存じませんが、たとえお上役人だって、人を斬って斬りっぱなしという法はありませんねえ、お斬りなさるならお斬りなさるように、作法というものがあるんでございましょう」
「それが、どだい、壬生の御浪人衆にかかっては、御城主でも、お奉行でも、どもなりませんさかい。当分、手をつけることならんと、新撰組の衆が、そのようにおっしゃりなはってな」
「わからないねえ」
  お角さんは、わからない事だと思いました。しかし、ここで番太を相手に争ってみたところで仕方がない、とお角さんも目をつぶって、この傍を通りぬけ、誰か、そこいらで、もう少し話のわかった人間がいたならば、とっつかまえて、なお委細を聞いてみようと思って、あちらに待受けている一行の者に追いつきました。
  お角さんのあとをつけて来た、いやがらせの安博奕打連(やすばくちうちれん)も、この場の死人の山には全く度胆を失って、一時、お角さんを追求することを打忘れて、慄(ふる)え上った様子です。
  お角さんは、誰ぞ話のわかる人をつかまえて、事の始終を聞いてみようと心がけているうちに、山王様の前へついて、一行と共に一つの茶店に憩いました。

          百七十四

  折よくその茶屋は、土地の年番(ねんばん)の会所になっておりました。つまり右の事件に関連して、土地の顔役が昼夜詰めきりの有様でしたから、事の一切が、わかり過ぎるほどよくわかりました。
  ただ、あれを斬って、斬捨てにして置くのは、新撰組の浪士に相違ないが、斬られて斬捨てられているのは何者だか、その点がまだはっきりしない。
  一説によると、新撰組の一部が仲間割れがして御陵守(ごりょうもり)になる、それを近藤の部下が追いかけて来て、あの通り斬捨てたのだという。もう一つの説は、あれは大津の藩士たちである。これよりさき、十四代将軍が上洛の時、膳所(ぜぜ)と大津との間に待受けて、将軍を要撃しようとした浪士連がある。その時に、危うく発覚して事なきを得たが、その余類があれである。それを新撰組がたずね出して斬ったのである。
  この両説のうちの、いずれかが真相であろう。或いはその両説が混線しているかも知れない。
  だが、お角さんの眼に不審とし、不服とするところは、むしろそれではない。
「ですが、お見受け申したところ、いずれも立派な御身分のお武家様たちと拝見いたしますが、あのままで、いつまでもああしてお置きなさるのはどうしたものでござんしょう、御検視が済みましたならば、一時も早く取片づけて、惨(みじめ)たらしいお姿を見せないようになさるのが武士の情けとやらではございますまいか、お武家でなくてもそうでござんすね、普通の人情としても、人間の亡骸(なきがら)なんぞは、見せものにすべきはずのものじゃございませんね」
と言ったのを、店の亭主が、手を挙げて共鳴するような、制御するような恰好(かっこう)をして、
「そ、それでございます、いかにも、おっしゃる通り、あれはあのまま、ああして置き申してはならんのでござんすが……それがなんでございますよ、新撰組のお方が、もう一ぺんおいでになるまでは、誰にも手がつけられないのでございましてね」
  お角さんは、その返答にも不満でありました。
「新撰組とやらのお方に、手がつけられなければ、土地のお代官様の方で、何とかならないものでございますか、この土地にも、御領主様や、お奉行様がいらっしゃるでしょう、そのお手でもって、何とかして上げて、あったらおさむらいの亡骸を、犬猫の屍体同様に、道路に曝(さら)して置きたくはないものでございますね、何とかして上げられないものでございますかねえ」
と、不満の上に、お角さんが浩歎(こうたん)すると、亭主も、村役も自分の事のように当惑した面(かお)をして、
「それが、その、御領主様のお手でも、お奉行様のお力でも、新撰組のお方がもう一ぺんお出ましになるまでは、どうにも手がつけられないんでございまして」
「それでは、御領主様よりも、お奉行様よりも、新撰組とおっしゃる方々の方が、御威勢が強いわけなんでございますね」
とお角さんが、なお中ッ腹で、押返してたずねてみますと、
「そ、それがその、御時勢でございますからな――」
  いずれも、深くそのことに触れるのを怖れるものの如く、言葉を濁しますものですから、お角さんが、いよいよ納得がゆきませんでした。

          百七十五

  一匹一人の侍を、ああして幾人も大道の真中へ斬捨てて、白昼野天の見世物に供して置いて、それに、領主も奉行も手がつけられない。新撰組なるもののいかに傍若無人で、横暴残忍を極むるの存在であるかに、お角さんも、決していい心持がしませんでした。
  しかし、泣く児と地頭には勝たれないというその地頭以上の勢力には、さすが気おいのお角親方といえども沈黙するよりほかはありません。
  右の不服不満は、お角親方に限ったものではない、誰でも同様に不快とし、不満として、あれを見ないものはないのです。ですが、それを如何(いかん)ともすることのできない事情の存することを聞かせられてみると、事実、如何とも致し難いものがある。
  新撰組の統制は、内に対しては「死」であり、外に向っては「殺」である。
  組の統制を紊(みだ)り、その面目を損うものに向っての裁判は「死」のほかの何物もない。組の当面に立ち、その使命を妨ぐるものに向っての手段は「殺」のほかの何物もない。
  故に、敵に対して惨酷なるが如く、味方に対しても峻烈である。
  女と通じたというだけの理由を以て、切腹させられたものもある。その攘夷論(じょういろん)があまり激烈に過ぐるという廉(かど)を以て、腹を切らせられた同志もある。金銭上の疑いをかけられて直ちに詰腹(つめばら)となったり、いささかも脱隊の形跡があれば直ちに死を与えられる。他藩に内通の嫌疑あれば勿論のこと、巷(ちまた)で私闘を行っても、若(も)し相手を殺さずして帰れば内に「死」が待っている。
  近藤勇の新撰組は、内に対してかくの如く峻厳であって、同時に、外に向ってなんら怖るるところがない。たとえば、会津の藩の如きでも、京都守護職の大任を受けておりながら、藩士の一人が僅かに土佐藩の一士人を傷つけたという事情のために倉皇狼狽(そうこうろうばい)して、この際土佐の御機嫌を損じては、いかに幕府の不利であることよとの懸念から、苦心惨澹を極めたことがあるが、天下素浪人の新撰組に於ては、左様な頓着や遠慮は更にない。大藩であれ、親藩であれ、斬ろうとするものを斬ることに於て、なんらの忌憚(きたん)を持っていなかったのです。
  大阪奉行の中に、内山彦次郎という与力(よりき)があった。大塩平八郎以来の与力ということで、頭脳(あたま)もよく、腕もよく、胆もあり、骨もあって、稀れに見る良吏であったということである。従って新撰組の横暴に対して、快かろうはずがない。たまたま八軒屋の岸で、新撰組が相撲取と大喧嘩をして、相撲取を斬って捨てたという事件がある。
  隊長の近藤勇は、自身、町奉行に出頭して、無礼討ちのことを届け出でたが、待っていたといわぬばかりに内山彦次郎が、近藤勇を呼び留めて、奉行与力の職権で厳重に取調べたものである。近藤勇は、これがグッと癪(しゃく)にさわった。一応の届出に対して、直ちに相当の会釈あるべきものと信じていた小役人が、ほかならぬ新撰組の隊長に向って逆捻(さかね)じとは意外千万、近藤勇は、傲然として、
「拙者は無礼討ちの届出に来たものでござる、貴殿の取調べを受けるために出頭したものではござらぬ、取調べの廉(かど)があらば会津侯へ申し伝えられい」
と言い捨てて、さっさと立帰ってしまった。
  まもなく、内山彦次郎は、天神橋の袂(たもと)で、駕籠(かご)に乗って帰る途中を殺されてしまった。
  何人といえども近藤勇に含まれることは、すなわち殺されることでありました。

          百七十六

  それと、もう一つ――京都の巨椋(おぐら)の池で、鳥を撃ったものがある。ここは伏見奉行の管轄で、御禁猟地になっている。いまだ曾(かつ)て何ものも、この辺で発砲を試みた無法者はない。果して、その禁猟の禁を破って鳥を撃ったものは、新撰組の手の者に相違ないという事実がわかった。
  事実はわかったけれども、新撰組では仕方がない、全く相手が悪い――さりとて、捨てて置いては今後が思われる。そこで伏見奉行の与力で、横田内蔵允(よこたくらのすけ)という硬骨な役人があって、部下の同心に命じて、とうとう犯人として新撰組の一人、後藤大助という者を捕えさせて、厳重に次の如く申し渡した。
「この巨椋の池の御留場(おとめば)は、単に伏見奉行の意志で禁止しているのではござらぬぞ、畏(かしこ)くも禁裡または公儀へ、その折々の鳥類献納の御料地として、公儀より伏見奉行がお預りいたしている土地でござるぞ。その辺のことを御存じなき新撰組の方々でもござるまい、知って、而(しか)してわざとそれをなさるは言語道断である。守護職、並びに所司代へもお届けの上、屹度(きっと)処分いたす故、左様心得られたい」
  この申渡しに対しては、新撰組といえども抗議の申しようがなく、同道者に於て種々申しわけをしてようやく一時釈放ということになったが、まもなく横田は、その邸内へ侵入した暴漢のために殺されてしまった。
  警察と裁判の権威者に向ってさえこれである。国々の脱藩浮浪の徒の如きは、もとより眼中にない。池田屋騒動に於て、諸国浪士の精鋭を一網打尽し去ったことは誰も知っている。
  ことに残忍悽愴(せいそう)を極めたのは、山陵衛士に転向したいわゆる高台寺組に対する、彼等の復讐ぶりの徹底的なことであった――それを書いていると長い。
  いずれにしても、新撰組の息のかかったものには、領主といえども、奉行といえども手がつけられない。
  さりとて、彼等といえども、必ずしも残忍のために残忍を弄(ろう)するのではない。こうして斬捨てにして置けば、その一味の者共が、見るに忍びないで、必ず死骸を収拾に来るにきまっている。それを待構えて更に一網打尽を試むる――いわば、囮(おとり)のためにわざとこうして放置しておくという政略もあったのです。
  天下の大勢を知らない女軽業の親方お角さんは、毒を以て毒を制する、時にとっての政略を知らない。ただ残忍と殺伐の点ばかりを見せつけられて、一途(いちず)に新撰組を憎いものと思い込みました。天下非常の時は、非常の手段を要するものだということに同情が持てないで、ただ、非常の手段のみを常道の眼からみて、そうしてその非常手段に反感を加えたがるのは近視眼者流の常だが、お角さんもまたその点に於て御多分に洩(も)れず、心に深く新撰組を憎み、同時に、ああして曝されて置かなければならない、いずれ名ある勇士たちの屍(かばね)の恥辱に、若干の同情と、義憤とを催している時分、
「ああ、あれ、あれ、新撰組の皆様がお見えになりました」
  この声で、集まっているすべての人の血が凍り、あたりの立木までが、鳴りをしずめて凝結してしまったようです。
  見れば戞々(かつかつ)と蹄(ひづめ)を鳴らして、馬を打たせて来る一隊の者があります

          百七十七

  右の恐怖の一隊が現われたと見ると間もなく、山王の森蔭に隠れてしまいましたから、この席のものも生き返ったようにホッとして、暫くあって、また噂話(うわさばなし)に花が咲き出しました。
  その要領は、
「あの、馬に乗った隊長様の脇においでの若いのが、あれが沖田総司様と申しましてね、小太刀(こだち)をとっては小天狗といわれる名人なんです、あの若い方と、それからもう一人、永倉新八様とおっしゃるのと二人で、あの相手の六人を瞬く間に斬ってしまいました。新撰組の方も十何人おいでにはおいででしたが、専(もっぱ)らお働きになったのはあのお二人です、ことに、あの沖田総司様の小太刀の使い方は見事なものでござんしてな、こうして、刀を伏せる、つつと進んで行って、ポロリと相手の小手を斬って落してしまいます、小天狗とはよく言ったもので、あの方は近藤隊長の秘蔵弟子だそうで、わざにかけてはあの人が第一だそうでございます。なんしろ、新撰組の方は、一人一人がみんなそれぞれ日本で指折りの使い手なんですから、たまりません」
「近藤隊長は、今年三十五の男盛りでございます、近藤隊長は精悍(せいかん)そのもののような面貌(かお)をしておりますが、副将の土方歳三殿は色の白い、やさしい男ぶりでございます、沖田総司様も同様――ほんとうにあんな弱々しい二才風であって、よくまあ、ああも巧妙に剣が使えたものでございますなあ」
  沖田総司のことが、主としてここで話題の人気になってくる。まことや沖田は近藤門下の飛竜であって、小太刀を使わせての俊敏、たとうべくもない。近藤、土方の片腕と恃(たの)まれて、実戦の場数をあくまで経験している。その早業の人目を驚かすこと宜(むべ)なりと言いつべし。痛ましいことには、この天才的剣士は当時肺を病んでいた。呼吸器を日に日に蝕(むしば)まれながら、剣は超人的に伸びて行ったが、この翌年、その肺病のために、この男のみが畳の上で死ぬようなことになるとは、一層の悲惨である。
  立ちかけたお角さんが、そういう噂話を聞いているうちに、後から、のそりのそりと漸く至り着いたところの、お角さんいやがらせの一行――即ち三ぴん、よた者、折助、安直のならず者の一行であります。
  この時分になって、ようやくこの場へのさばり着いて、そうして、着くと早々、お角さんの方へいやな眼をつかって、キザな笑い方をしながら、またもその鼻っ先へ盆蓙(ぼんござ)を敷いてしまいました。
  またしてもここで、丁半、ちょぼ一、南京(ナンキン)ばくちをはじめて、江戸ッ児のお角をいやがらせようというたくらみに相違ないが、その時、またも店の中がざわめき渡って、
「あ、また、新撰組のお方がおいでになった」
「ナニ、新撰組!」
「真先においでになるのが、あれが、新撰組の副将、土方歳三様でございます」
「ナニ、土方」
「その次のが、今お話の沖田総司殿!」
「ナニ、沖田!」
  新撰組の名を聞いて、一口上げに狼狽周章を極めているのは、例のその三ぴん、よた者、折助、ならず者――お角さんいやがらせの盆蓙連であります。

          百七十八

  彼等は思いがけなく新撰組の名を聞いて狼狽し、慄(ふる)え上り、ついに面(かお)の色を失って早々に盆蓙をふるい、こそこそと逃げ隠れてしまいました。
  以前からここに控えていた連中は、またグッと引締ったけれども、よた者連のように逃げ隠れはしませんでした。
  お角さんに至っては、以前いうが如く、天下の形勢に暗いから、新撰組であろうと、古強者(ふるつわもの)であろうと、そう無暗に捕って食おうとはいうまい、土方が来ようと、沖田が来ようと、こっちの知ったことじゃないという腹があるから、左様にわるびれた色はなく、とにかく今日は新撰組へ挨拶に来たわけではなく、山王様へお参りに来たのだから、早くそちらの方へ罷(まか)り出るのが至当の礼儀だと思って、お茶代も相当にはずんで、
「さあ、行きましょう、山王様へお詣(まい)りをして、さっぱりと清めていただきましょう、今日は厄日(やくび)のようだから」
  こう言って一行を促し立てた時分に、新撰組の一行十余人が、粛々(しゅくしゅく)としてこの茶店に入って来ました。
  最初見た時は、大将の一人が十余人を従えて、馬で乗りつけて来たようでしたが、今は馬をば多分その辺に乗捨てて置いて、大将も同勢と共に徒歩(かち)になって、粛々とここまで練って来ました。
「ウヘヘ、土方隊長様」
「これは、沖田先生」
「永倉先生――」
  お角以外の居合わせたものは、みな土下座をきってしまいました。
  お角は、特別に、この人たちに土下座をきらなければならぬ理由を発見しません。そうかといって、人が畏(おそ)れ敬うものは、相当に会釈をしなければならないと思いましたから、土下座こそきらないが、相当に畏れ敬う素振りを示して、少々出立を控えておりました。
「どうだ、年番――来ないか、あの囮(おとり)をたずねて来る奴はないか、あれを取戻そうと騒ぐ気色は見えないか」
とたずねたのは、永倉新八でした。年番は恐れ入って、
「はい、どなた様も……まだ、一向」
「そうか、今日で三日になる、もう取片づけてよろしい」
「はい、畏(かしこ)まりました」
「このお方が、土方先生だ」
と言って、隊長を指して役々に永倉新八が紹介すると、
「ウヘヘヘヘ」
と言って、一同が拝伏してしまいました。
  新撰組の隊長、鬼といわれる近藤勇が片腕、というより、骨肉というべき土方歳三が出向いて来たのだ。一同が恐れ入ったうちに、お角さんが、土方とはどんな男だか見てやりたい!
  おや、思いの外いい男だねえ、色が白くて、優形(やさがた)で、なかなか好い男だ、新撰組というから、鬼からお釣を取るような男ばっかりだと思っていたのに、ホンに人は見かけによらないものだねえ。とお角は、それとなく横目でジロリと見たが、その次に、アッと驚いて、また見直して、また驚き直しました。
「まあまあ、お前さんは、歳(とし)どんじゃないの、歳どん――間違ったら御免なさい」
  今まで物に動じなかったお角が、その時になって、はじめて取乱して、こういう頓狂声を立てたものですから、上下内外、みな驚かされました。

          百七十九

  見慣れぬ女の声で、新撰組の隊士もみな気色ばむうちに、土方は篤(とく)とお角さんを見つめて、
「は、は、は、こりゃあ珍しい、両国の親方じゃないか」
  副将がこう言ったものですから、一同がまた呆気(あっけ)にとられてしまっていると、
「ほんとに、お前さん、歳どんでしたねえ、みんながまた、新撰組、新撰組って、鬼の寄合いででもあるように騒ぐもんだから、どんなに荒武者が来るかとビクビクものでいたんですよ、ところがお前さんは、歳どんじゃないか、お前さんが、その新撰組? しかもそれが隊長様とは驚きましたよ、夢じゃないだろうねえ」
とお角さんが、あたりかまわず言ってのけて、なれなれしく土方歳三の傍へ近づいて来るものですから、誰も煙(けむ)に巻かれないわけにはゆかないのです。それさえあるに、土方が、またそれを極めて磊落(らいらく)に扱っていることが、とても他人とは思われない。
「新撰組だって鬼ばかりじゃない、この通り、おとなしい色男揃いだよ」
  土方歳三が笑って答えました。
  ここに色男と言ったのは、土方としては、いささか軽薄な言い廻しの感がないではないが、事実上、近藤勇は精悍(せいかん)そのものの如き面魂(つらだましい)の持主ではあるが、副将の土方歳三は、小柄で色が白く、それに当人もなかなかお洒落(しゃれ)なので、見たところ色男の資格は充分である。のみではない、色男の実証を、このお角さんに押えられている筋がある――それはそれとして、それに従う問題の小太刀の小天狗、沖田総司にしてからが、多病才子の面影充分なのですから、土方がお角さんに向って、新撰組は色男揃いだとのろけたのも、理由がないではありません。そこでお角さんが、
「ほんとに、どうして歳どん、お前のような色男が、新撰組になんぞなったのです、わからないもんですねえ」
と感歎してしまいました。
  ここで、お角さんは、土方歳三をつかまえ、歳どん、歳どんと、頭から浴せかけて憚(はばか)らない。
  ところによっては、「どん」という言葉が、同輩でもあり、敬称になる場合もあるが、関東では「どん」称は目下でなければ使わない。長松どんだとか、おさんどんだとかいう場合でなければ、関東では「どん」称語を用いないことになっている。西郷どんだの、東郷どんだのと、相当の人傑に対して、断じて「どん」称を用いることは江戸にはない。ところが、お角さんは土方歳三に向って、遠慮なく「どん」称号を乱発しているし、御当人の土方そのものが、また、この「どん」称号を甘受して、あえて悪い面(かお)をしない。
  してみれば、お角さんの眼から見れば、土方歳三は、どうしても同輩以下のあしらいであり、土方は、それをそのままで受取らなければならない身分の相違がある。といって、お角さんそのものが、頼朝公の落(おと)し胤(だね)だという系図書もなし、何の因縁で土方をどん扱いにするのだか、それは分らないが、存外寛大な土方は、お角が上方見物の途中と聞いて、
「では、京都へ来たらぜひ拙者のところへ寄り給え、三条の新撰組の屯所(とんしょ)と言えば直ぐわかる。だが、隊へ来て、歳どん、歳どんは困るよ、土方先生とたずねて来いよ」
「いやな先生――あんまり弱い者いじめをなさると、松坂屋の一件を素っぱ抜いてあげますよ」
とお角さんが言いました。

          百八十

  そうすると、土方歳三が丁と頭をうって、
「いや、どうも、古創(ふるきず)をあばかれては困るよ」
と言いますと、お角が、
「向う創ですから大丈夫ですよ」
と答えました。
「あぶないもんだ、お手柔らかに願いたい」
  この問答を見ると、土方歳三がいよいよ受身である。よっぽどこの女親方のために痛いところを押えられているように見える。
  しかし、お角も心得たものですから、それ以上には立入って冗談(じょうだん)を言いませんでした。以前のことは知らないが、今こうして一代の名士となっている以上、愛嬌の程度までの心安立てならいいが、あんまり深入りしてはいけない、一旦は驚きのあまり、打解けてみても、物の頭(かしら)となっている人には、立てるだけは立ててやらなければ嘘だという世間学が、お角を急にしおらしい女にして、
「では、今日は、これから山王様へ御参詣を致しますから、これで御免蒙ります、あんまり思いがけないところでお珍しくお行会い申しましたものですから、ついつい失礼な口を利(き)いてしまいました、取るに足らない、たしなみのない人間のことですから、御免下さいませ。では、京へ着きましたら早速お伺いさせていただきます、お大切に」
  打って返したような折りかがみをして、お角さんが一行を引連れて、山王様の御門前の方へとゆらりゆらり出かけて行ってしまいました。
  土方一行も、それから間もなく、村役人を先に立てて、例の修羅場の名残(なご)りの場へと進発し、そこで、一応の検分をしてから、死体を取片づけさせてしまいましたが、ほどなく馬に乗って、大津の方へと急がせて行く土方歳三――沖田総司が一人ついている。
「土方先生、あれは何です、あの伝法肌の女は、あれは――」
「は、は、は」
と、土方が高らかに笑い、
「松坂屋の一件ですか」
と沖田からたずねられて、土方が笑いながら、そうだとも、そうでないとも言いません。
  そうだとも、そうでないとも言わないのは、つまり黙認の形です。
  たずねてみれば、この連中としてはたあいのないことでした。
  土方歳三が、武州日野在から出て、上野の松坂屋へ丁稚奉公(でっちぼうこう)に入れられたのは、十六七の頃でもあったろう。歳三だから、歳どんとして丁稚をつとめているうちに、その女中の一人といい仲になってしまった。
  歳三は右に言う如く、小柄で、色が白く、それにお洒落(しゃれ)ときているから、女の方が夢中になって、とうとうお腹がせり出してしまった。そこで、もう袖でも隠せなくなって、切れるの切れないの、死ぬの生きるの、やいのやいのという沙汰(さた)になると、さすが後年の新撰組の豪傑も、生ける空とてはなかった。それを口を利いてやっと捌(さば)きをつけてやったのが、男の方では佐藤という土地の幅利(はばきき)、女の方ではここに現われた女興行師のお角さん。その弱味を抑えられているから、さすがの豪傑もいささかテレている。こういうたあいない話をしながら二人は、湖面から来るなごやかな風に面を吹かせて、大津の方面に向って急がせて行く。なお残された新撰組の隊士は、いったん山王下に留っていたが、徐々に叡山(えいざん)へ向ってのぼりはじめました。

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底本:「大菩薩峠17」ちくま文庫、筑摩書房
    1996(平成8)年8月22日第1刷発行
    「大菩薩峠18」ちくま文庫、筑摩書房
    1996(平成8)年8月22日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 十」筑摩書房
    1976(昭和51)年6月20日初版発行
    「大菩薩峠 十一」筑摩書房
    1976(昭和51)年6月20日初版発行
※底本では、「…何にするつもりか、それはわからんですが、単なる」の後に、改行が入っています。
※疑問点の確認にあたっては、「中里介山全集第十巻」筑摩書房、1971(昭和46)年5月27日発行を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

--------------------------------------------------------------------------------●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
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