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シリーズ「島を行く」 第八巻 石垣島篇

シリーズ「島を行く」 第八巻 石垣島篇
ワクワク石垣
作/スマオ 撮影/ソルボー+スマオ 旅した時期/新暦6月
text/sumao photo/soulbose and sumao 

南風吹けば、みんなワクワク南島。
なつかしの地へ島ぞうりで繰り出せば、
我島アドベンチャーのはじまりはじまり!

またあたらしい島へようこそ! 最終巻、石垣島。

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 初めての旅・恵みの雨・人生を楽しむ・イエノミー・わくわく音頭


空港に着いたら、雨だった。
「ここ数日ずっと大雨、もううんざり」
タクシーの運転手が笑って、僕も笑った。
いつも晴れていた印象があるけれど、 曇りもあれば雨も降る。それが普通なのだ。
梅雨の週末、大阪から1600キロを飛び越えて、やってきました石垣島。
日程は二泊五食。どこへも行かず、この島で過ごす。
考えてみれば、こんな形でここへ来るのは初めてのことだ。
石垣は人口五万を数える街である。 八重山の島々を支える一切が集中し、 飲み屋とコンビニはやたら多いし、映画館やインターネットカフェまである。 その意味では大阪にいるのとさほど変わりはない。 おまけに、島というには大きすぎて、 いったいどこから手をつけていいものか見当がつかない。
そういうわけで、着いたらすぐ他の島へ行ってしまうのが常だった。 僕にとって石垣は、長い間、ただの通過点だったように思う。
けれどいま、いちばん行きたい場所はここだった。
いつも心の中に咲いている、大切な島である。

雨の中、市街地に入った僕は、まず、ソルボーの事務所をたずねた。
「どうも」と言われ「まいど」とかえす。 半年ぶりの島はいかほどの感慨があるかと思っていたが、 実際は拍子抜けするほどに普通だった。
「どうです?この棚とかぜんぶ島の木でつくってるんすよ」
東京とかにあってもおかしくない、いかしたデザインオフィス。 ここでしかできないことをすると体ひとつで島に移り住んで二年、 友はついに事務所開設にこぎつけた。 そのお祝いがそもそも今回の来島の目的なのた。
「先に飲んでてください、仕事かたずけてしまいますから」
そうこうしているうちにFさんが子供連れでやってきた。
「パインやマンゴの時期だからね、いまもうタイヘンですよ」
大きな体で笑う。数年前にたまたま一緒に飲んで以来、よくしてくださる先輩だ。 僕は石垣時間のほとんどをこの人と過ごしている。
車の中では、わんぱく盛りの長女、次女、三女が手を振っている。 幸か不幸かよくなついてくれているので、特別な挨拶はいらない。
「おじちゃん、お家どこ?」
これもいつもの質問。三女が「こっち」と指さすと、次女が「あっち」とやる。
「あっちに決まってるばー」
「いや、今はこっち」
ただし、1600キロほど先だけれど。
やがて仕事を終えた島娘ナツコが駆け込んできた。
「買出しは?」
「まだ、これから」
「じゃ、行きましょうね」
雨の中、彼女は再び車に乗り込んで、思い出したように言った。
「これ、恵みの雨のはずよ」

石垣には、さまざまな人がおとずれる。
太陽と海を求めてやってくる都会のねーちゃん、 世界有数の珊瑚礁に魅せられたダイバー達、 マングローブで地球の神秘を再発見する親子連れ、 冬場に島世界のおいしいところをあじわいにくる中高年旅団・・・ 最近ではドミトリーなど安い宿も増えた。 自分さがしにやってくる若者も多いし、 教科書に載っていない旅を求めてくる人もすくなくない。
シーサー。
赤瓦。
風に揺れるサトウキビ。
三線の音色。
そして、あたたかい人情。
多くの人が思い描く沖縄像は、実は石垣のそれだといっても過言ではない。
誤解をおそれずにいえば、旅先としての石垣は 「日本のふるさと」になりつつあるように思う。 それが何を意味するのか僕にはまだわからないけれど、 十人十色の目的がゆきつく先に、 どこか共通したものがたしかに、ある。

酒だの惣菜だのを買い込んで、ひとあしはやい乾杯となった。
ナツコは摘んできた夜香花をグラスに生けて、テーブルの真ん中に置いた。 ソルボーが島のホームページをつくるこの事務所は、 夜になると愉快な仲間がつどうバーにかわるようだ。
「そのうちみんな来るでしょう」
約束の時間に全員がそろうことはまずない。俗にいう「やいまタイム」。 なんとなく遅れてひとりまたひとりとあらわれ、待っている方もやきもきしない。 そういうおおらかさがいきているのだ。
そこそこいい気分になった頃、最初の客があらわれた。 僕の来島にあわせて那覇から出張してきたネオガイアさんだ。 ネオガイアというのは彼が那覇で経営していた会社の名前なのだけど、 いったん商いをたたんでから、彼は単身赴任でこの島に住んでいた。 彼をたずねて僕は再び島を訪れ、ソルボーはここに移り住むことになった。 僕たちの縁をつなぐ兄貴分である。
「これ、何だと思います?」
興奮してかかげた手に、何かの苗がある。
「なんと、サガリバナ、私も初めて見ました」
サガリバナは熱帯の水辺に生える常緑樹で、夏場にひと夜限りの花を咲かせることで知られる。 それが咲いているときいて、わざわざ山に分け入った。 彼は植物と昆虫に目がない自然研究家でもある。 思いあまって帰りにちいさいのをひっこぬいてきたという。
「大阪に持ってかえって育ててくださいね」
「そんなめちゃな・・・」
「大丈夫、すごく美しい花が咲くはずです」
「ねえ、今度見に行こうよ」
島娘ナツコが身を乗り出した。
「そうだ、ホタルは見ました?」
「なんと、ナツコさんはあの木を知ってるんですか?」
こっちにはあまり飛ばないホタルがいるのだが、 それが山中の木に集まってクリスマスツリーよろしく7時半になると光りはじめる。 亜熱帯のジャングルが荘厳にくれる黄昏時。なぜか決まってこの時間なのだそうだ。
「島は不思議がいっぱい」
ナツコは根っからの島娘で、石垣に詳しい。けれど本当は那覇の人だ。 転勤でこっちに来た当初はホームシックにさいなまれ、 何かと理由をつけては那覇に帰っていたという。 ところが、ある時期からこの島が輝きはじめた。 それまで敬遠していた沖縄的なものが、やおら魅力的に迫ってきた。 気がついたら、三線をならい、島の祭りをたずねあるくようになっていた。
彼女は健やかに命が太く、見ていて気持ちがいい。
人生を楽しむ術を、この島にもらったのだ。

やがて、ヤスヨらが宴に加わった。
ベッピンの友達を連れてきたので、でかしたでかしたとヤスヨをたたえる。
「私に会えてうれしくないわけ?」
「きっとてれているはずよー」
ビー玉のように笑う。ヤスヨもまた那覇から泣く泣く石垣にやってきて、 この島で「沖縄心」を開花させた一人だ。自然派でも行動派でもないくせに、 週末になると先輩ナツコとつるんで島探索にいそしむ。 積み上げ算でひらかれてゆく世界が、今はたのしくて仕方ない。
「じゃあ、明日はみんなで海いきましょうね」
「ダメダメダメダメ、海はおぼれるから」
「何言うか?ヤスヨっちのために海があるのに」
途中、西表島のノリさん(パラダイスイリオモテ 参照)からも電話が入った。 後で幻の銘酒を持って行くから覚悟しておけ、という。 たまたま石垣に出てきているらしい。 どこで飲んでいるのかしらないけれど、向こうも相当盛り上がっているようだ。
「さらにサプライズな人にかわるよ」
「がはは、わたしが誰かわかるかね?」
サメ社長だ。八重山一速い船・黒サメ号を操る豪快な海の男である。
「あいにく雨ですね?」
「そんなもんわたしが吹き飛ばしてやるから心配なか!」
とまあ、そういうのが石垣の夜なのである。

八重山はしばしば「唄の島」といわれる。唄が暮らしに密着しているという。 たしかに祭りの芸能はさかんだし、結婚式など祝い事の余興はすごいし、地の唄も多い。 映画みたいに月あかりの下で三線の音色に酔うことだってある。
今宵も闇の彼方から、三線片手にいかしたおっさんがあらわれた。
「よっ、部長、待ってました」
彼はネオガイアさんの元上司で、以前一度だけお会いしたことがある。 独立して社長になろうとしている今でも、やはり「部長」と呼ばれているようだ。
「今夜はほどほどにやりましょうね」
調弦もなしにつまびけば、ライブのはじまり。 部長は唄の名手だ。それも古典的な島唄ではなく、いわゆる遊び三味線。 四の五のいってないで楽しみなさい、というノリである。
安里屋ユンタ、花、十九の春。誰もが知ってそうな唄で客の様子をうかがいながら、 涙そうそう、島人の宝ときて、部長はふと立ち止まった。
「そろそろ、本番いきましょうね」
はじまった耳慣れないメロディ。石垣港での別れを哀感たっぷりにうたいあげる恋歌。 何をかくそう部長の真骨頂は、数十曲におよぶオリジナル曲なのだ。
「お次はドラマで話題のあの島の唄」
とりだした工工四(三線用の楽譜)に「鳩間生まれ島」とある。 ただし、部長の生まれは鳩間島ではなく、本当は与那国島である。
「なんと・・・生まれてもいないのに『鳩間生まれ島』」
「何を言うか、心は生まれているよ」
とまあ語りはそういう調子なのだが、いざ歌いだせば大拍手。 大真面目にしみる、これまたいい曲ではないか。
「そうだ、あやぱにモールの唄があったはず」
あやぱにモールは、南の島のちいさな商店街。 かつての銀座通りを受け継ぐ市場では、元気自慢のおばあが島の野菜を売り、 今風の土産物屋が旅人をむかえる。
地元からの要請でつくったこの曲は、部長快心の代表作。 みんなで楽しめるように盆踊り風の振りまでついているという。
「しかも・・・なぜか『わくわく音頭』」
「そう、わくわくするだろ?」
あやぱにの名は、有名な島唄「鷲ぬ鳥節」の一節からきている。 綾羽(色のある羽)というまことに雅な響きだ。 けれど、この商店街ではお買い物の度に「わくわくシール」なるものを発行していて、 駐車場の名前まで「わくわく駐車場」。 どうやらこれが曲名になってしまったらしい。
「そんなの島の人しかわからないじゃないですか?」
「だからよ、なんだかわくわくしてきたろ?」
そこぬけに明るい伴奏にうながされ、手拍子がはじまった。
だまされたと思って聴いてみてほしい。 まるで冗談みたいな歌詞だが、みんなの笑顔が明日をつくるという名曲だ。
「♪わくわく音頭で踊りましょう〜 ♪みんなで一緒に、踊りましょう〜」
今日はたのしい、わくわく音頭。

にぎやかな宴は夜半までつづいた、と思われる。
気がつくと、僕はタオルケットにくるまって眠っていた。
かえってきた島の夜。しずかな空間を、夜香花の香りがつつんでいた。




 あなた日和・好きな景色・わくわく浜・パッチリーフ・恵みの雨


甘い香りで目が覚めた。
置物代わりに飾ったパイナップルから蜜がしみだして、棚からしたたり落ちている。 やれやれ、何という生命力だ。僕は事務所を掃除して、不思議な朝を迎えた。
しばらくすると、すっかり仕事姿の部長がやってきて、 曇り空を見上げて「良かったな」と笑った。そういう気休めに違いない。
「今日は晴れるさ、この空を見てわからないか?」
低く垂れ込めた空には、雲がはげしくさわぐばかり。 サメ社長が太陽を呼んでくれるはずが、どうやら願いは届きそうにない。
しかし、ソルボーは上機嫌で駆け込んできた。しっかり海の準備をして。
「今日は奇跡ですよ、いよいよ今年の海デビュー」
「よし、天気はどうあれ行くぞー」
ところが、島の天気というのは本当にわからない。 空はみるみるうちに晴れ、信じられないほどの「サメ社長日和」になった。
おにぎりをつくってやってきたナツコが、笑顔で宣言する。
「今日は、スマオ日和」
七日ぶりの太陽に照らされて、石垣の日曜がはじまるのだ。

港にサザンゲートブリッジなる大橋がある。 なんであるのかよくわらないこの橋は、 なんであるのかよくわからない沖の人工島へつづいているのだけど、 そこで全国凧揚げ大会をやっているというので、寄っていくことにした。
澄みきった青空に気持ちよく無数の凧。風はちゃんと南風だ。
けれど大橋のてっぺんにさしかかったとき、海に目をうばわれた。 さまざまな青を織りまぜて宝石と輝く海。 はるか沖へ巨大なリーフがのびる。 国定公園である石西礁湖の中でも最大の礁原、アーサピーとウマノハピーだ。
「昔はここでたくさんシャコ貝がとれたそうですよ」
「大潮のときは遠くまで歩いていけたんですって」
もしかしたら大橋は、この景色をみせるために存在しているのかもしれない。
なんであるのかよくわからない人工島の出現により、 橋の下にはからずしも流れの速い水路ができた。 そこにしばしばマンタ(オニイトマキエイ)がやってくることは、意外と知られていない。

僕たちはナツコが勝手に命名した「海風ロード」を抜けて、島の東岸を北上した。 木立の間からのぞく海は、立派に夏色だ。
港を起点にドライブするなら、時計回りがいい。 順光で見る方が海がきれいだからだ。
そういえば、宮古島のトモカズが同級生一同で来たことがあった。 たった二泊三日で竹富、西表、小浜、石垣という強行スケジュールでやってきた彼らは、 ここでもやはりさんざんオトーリをまわして、最終日、島の案内を僕にたくした。 あいにくの風雨にたたられたが、たくさん笑って、子供時代に戻ったような楽しい時間だった。 そして最後に、石垣の景色は素晴らしいと言った。 はっきりいって海の眺めでは宮古にまさる地はない。 それでもなお「素晴らしい」というのは、さやかな感謝状だったのではないかと思う。
石垣には、僕の好きな景色がいくつかある。
ひとつは、新川一の橋から眺める瑠璃色の海。
ふたつめは、山手のさとうきび畑から白保の海へ下りてゆくまっすぐな坂道。
そして、伊原間の東海上から見た素朴なハンナの山だ。
「ここもいいはずよ」
ナツコは冨崎の先で曲がるよう促した。車で行くにはいささか細い上り坂だ。
「でも、これって誰かの牧場じゃ・・・」
「いいからいいから」
ほどなく絶景がひらけた。牧場の向こうに、沖の島々が箱庭のごとく一望できる。
「なるほど、そういう意味か」
青い海にいくつも貨物船がうかんでいる。クリアランス船だ。 正式に国交を持たない国と国との交易を実はこの島が仲立ちしており、 この海域がしばしの停泊地となっている。 だからして、この光景は単に美しいだけでなく、ここでしか見ることができないものなのだ。
「いやはや、石垣にもまだまだ知らんところがあるな・・・」
島に来る機会があれば、宝探しをしてみてほしい。きっと楽しいはずだ。

車は、ナツコが三線の練習をした「ティンクティンク浜」を横目に、 どこか多良間島の面影がある「半分タラマ街道」を過ぎ、 マングローブと水鳥で知られる名蔵アンパルをこえ、目的地へといそいだ。
めざす海は、崎枝。祝いの席でよく唄われる繁盛節の崎枝である。
石垣で泳ぐなら米原か底地ビーチを思い浮かべる人がいるかもしれない。 それはそれで素敵だけれど、島には意外と知られていない穴場がある。 ここもそんなかくれ浜のひとつで、名前さえないようだ。
「とっておきの場所ですからね」
案内役のソルボーは何の変哲もない藪で車を停めた。 よく見ると獣道がつづいている。浜への入口らしい。 ここは屋良部岳の半島。亜熱帯ジャングルがそのまま海に落ちるような地形だ。 右も左も濃密な森で、ちょっとした探検気分である。
最後の急な坂を転げ落ちると、海がひらけた。
美しい浜に先客はない。透明な海にいくつかダイビング船が浮かんでいるだけだ。 石垣にこんな場所があったなんて、まったくもって驚きだ。
「わくわくビーチと名づけましょうね」
「そんなええかげんな名前にするわけ?」
「でも、ほら、わくわくしてきたでしょう?」
アダンの下に陣取って、汗だくで運んできた荷物をとく。 日ざしはきついが、木陰にはいれば風がいい。 ヒートアイランドにあえぐ大阪よりずっと涼しい。
気がつけば足元で無数のヤドカリがもそもそしている。 ひさしぶりの太陽がうれしいのか、そもそも警戒心がうすいのか、 僕らのことなどまるで気にしていない様子だ。
「それだけ人慣れしてないんですよ」
ソルボーはほこらしげに笑った。

島の二人はいそいそと青い彼方へ駆け出していった。
僕は入念な準備をして、ゆっくりと海に入った。
海は正直だ。なめてかかると手痛いしっぺ返しをくらう。 だから僕の場合、最初に入るときは、まず体を慣らすことからはじめる。 海にリズムを合わせ、楽になるまで待つ。 そうすることでしぜんと見えてくるものがある。
スノーケラーとして僕が最もすぐれている点は、 たとえどんなにしょぼいポイントでも満足できる幸せな性格にある。 けれど、ソルボーがいちばんだと豪語するここは、本当に素晴らしい海だった。
生きた珊瑚の領域まで、予想外に近い。 大きな根(パッチリーフ)がいくつもあらわれる湾口特有の地形で、 八重山ではあまりおめにかからないタイプのポイントだ。
エダサンゴの林や小ぶりなテーブル群落、 ばかでかいコブハマに、昼なおポリプを伸ばすナガレハナの類。 これだけさまざまな珊瑚を一度に見られる場所はそうはない。
光がさしこむと、いっせいに海中が明るくなる。 蛍光反射といって、珊瑚の中には特定の紫外線をはねかえす種がいるので、底から幻想的に光るのだ。
それらに慣れてくると、ようやく魚たちが見えてくる。 エダサンゴの間に群れるスズメダイ。 つがいで泳ぐチョウチョウウオ。 他の魚の体を掃除する青いスジの小さなベラ。 独特のウマ面をぬっとつきだす黄色いヤガラ。 海底をついばむブダイ。 底でじっとしているトラギスやミーバイ。 よくよく見ると大阪湾を象徴するチヌにそっくりのタイまでいる。 そのことに今日初めて気がついた。
石垣の珊瑚礁は、かつてオニヒトデと水温上昇によって壊滅的な打撃を受けた。 島の海を守りたいと願っても、根本的に人間の科学ではどうすることもできなかった。 オニヒトデ駆除に参加した知人も、珊瑚の天敵をせっせとやっつけながら、 それ自体が海の意思に逆らっているのではないかと自問したという。
けれど、島の海は死んではいない。しぶとく再生を繰り返す。 僕はいくつかのガレ場をたずね、育ちつつある珊瑚をいくつも見てきた。 いつかそれを誰かに話したいと思う。
自然は不思議がいっぱいだ。
大物の魚を追って潜った僕は、背後に音楽のような声をきく。
見上げた海の天井を、おびただしい数の稚魚たちが泳いでいった。

すこし遅れて海からあがると、奥の岩場で二人が手招きしていた。見ると、 巨大な岩盤のあちらこちらから水が湧き出し、光る流れとなって砂浜へと落ちている。
「まさか、わくわくの滝?」
潮抜きのために大量の真水を運んできたが、そんな必要などなかった。 ここで水浴びをして、機材を洗えばよい。贅沢な天然のシャワーだ。
「でも、前に来たとき、こんな滝あったかな?」
「やっぱり、恵みの雨だったんじゃない?」
島に降った雨は、森にたくわえられ、川となり地下水となって海へ出る。 大雨の後、普段はないはずの滝があらわれても不思議はない。 自然は気まぐれで、だからこそありがたいのだ。
帰りのジャングル道もまた非常にエキサイティングだった。
「見て見て、ジューミー(沖縄ではトカゲのことをこう呼ぶらしい)」
瑠璃色のしっぽを持つイシガキトカゲだ。島で普通に見られる固有種である。 こいつらは身の危険が迫るとしっぽを自切して逃げるそうだが、 その際、切り捨てたしっぽの方に敵の目がいくように、 こんな美しい色の尾を持つようになったのだときいたことがある。
「これは、カメレオン?」
後で調べたら、サキシマキノボリトカゲという名前だった。 トカゲもいろいろ。特に午前中は、 やつらも体温を上げようと日なたに出ることが多いから、あれこれ観察できるのだ。
「か、怪獣・・・」
おそるおそる見ると、イグアナとオオサンショウウオのあいのこみたいなばかでかい生物が、 こちらの様子をうかがっていた。あれはいったい何だったのだろう?

汗だくになって車に乗り込んだ僕たちは、米原海岸をめざした。
昼飯はバーベキュー。次なる浜でヒデオらが待ちかまえている。
空はますます晴れ、僕らは展望台ごとに車を降りて、何枚も写真を撮った。
島の北岸も見事な珊瑚礁。干上がりつつあるリーフに人影が見える。 こんなところで泳ぐ人はいないと思っていたが、家族連れでもたのしめる場所のようだ。
それぞれの海があるというのは、いかにも石垣らしい。
「私の海はまだない、かな?」
「あんなにあちこち行ってるのに?」
「次に行く場所がそうかも・・・って、かっこつけすぎ?」
そのビーチの手前で、ソルボーは急ブレーキを踏んだ。
「たしか、恵みの雨、でしたよね?」
「そっか、今日はいいかも?」
「なんやなんや?」
「ほら、聞こえない?」
耳をすますと水の音。しかも、かなりの勢いだ。
アダン葉をかきわけて下りてゆくと、滝が姿をあらわした。荒川の滝である。
木洩れ日の中、ほとばしる岩清水。 岩にかこまれた滝つぼは満々と水をたたえ、あふれるあふれる。 前に見たときとは大違いだ。
「やっぱり恵みの雨だ」
ためしに素足をひたしてみると、冗談抜きに冷たい。勢いで飛び込まなくてよかった。
「見かけは露天風呂やのに・・・」
などと言っていたら、いきなり背中を押され、ざぶん。
一瞬、心臓が縮こまったが、大丈夫。これまた気持ちええではないか。
「海の後はこうでなくっちゃ」
僕は年甲斐もなくはしゃいで、何度も頭から滝に打たれた。
魅惑のジャングル露天風呂。笑い声まで大きな自然の中にある。



 合衆国・カニまつり・島の一部・口髭・踊れや踊れ


午後の海はまどろみをはらんでいる。
晴れていればいるほど光彩は彼方にあって、ゆらめきながら遠ざかる。
そういうのがすぐそばにあるなんて、とても贅沢だ。

ひさしぶりの米原海岸はにぎやかだった。 観光客も島の人もここへ泳ぎにくる。季節がめぐってきた証だ。 僕たちは人でごったがえすビーチを通り過ぎ、キャンプ場の果てに車を停めた。 バーベキューはすでにはじまっていた。
「いらっしゃいませ」
海パンひとつのヒデオが、ぺこりとやって、カンカンに冷えた缶ビールをさしだす。 もう、一気にいくしかない。
島の青年ヒデオは、いわばソルボーの弟分だ。 夜は居酒屋で働きながら、昼間は修行をかねて島の映像を撮っている。 島ぞうりのような感覚の映画を撮るのが夢だ。
今日はヒデオとその同級生が主催するバーベキュー。 友達の友達はまたなんとかという石垣的連鎖で、思った以上の人数がこの浜に集まった。
石垣はしばしば「合衆国」といわれる。 もともとの島の人に加えて、他の島の人や台湾の人、 戦後の開拓で宮古や沖縄本島から移住してきた人などが入り混じる。 最近では内地から引っ越してきた人も多い。 古いものと新しいもの、地方っぽさと都会っぽさ。 それらをまとめて受け入れる独特の気風がある。
今日ここにいるメンバーにも内地出身者が含まれ、島言葉に混じって関西弁が飛び交っている。 さらに、ヒデオが店に来た客をせっせとナンパした結果、 ドミトリーに泊まっている旅人まで参戦していた。
「私たち、姫路から来ました」
「ワタシハ、イングランド」
という破天荒にインターナショナルな宴なのだ。
「行きあえば兄弟、という言葉が沖縄にはあります」
たしかに、飲んで食って笑えば、初対面でも垣根はない。
あやしい肉をしこたま焼いて、ビールをぐびぐび飲んだ。 楽園とは、たぶんこういう状態をいうのだろう。
開放的になった女性陣は、イングランドから来た三人の青年をとりかこむ。
「ドウシテ、島ニ、来タノデスカ?(英語風の発音だがまるで日本語)」
彼らは二週間の休みをとって日本に来た。 ひとりは言葉もペラペラの日本通だが、ここへ来て印象が変わったという。 ワビサビだとばかり思っていたこの国は、こんなおもろい場所だったのか。
「ジャパニーズ、ヤキソバ、サイコー!」
けれど実際は、荷川取の八重山そば麺をケチャップとソースで炒めた、かなり島っぽい料理である。 おまけにいろんな具が焦げた状態で入っているから、お世辞にもうまいとはいいがたい。
「でもね、太陽の下で食べるのがいいんすよ」
ヒデオの同級生は芸達者だ。例えば「胃袋に入れた金魚を出しまーす」と言ってごくりと飲み込み、 「あれ?出なくなっちゃいましたー」というような馬鹿馬鹿しい芸風だが、 いつも周りを楽しませようというスピリットは骨太である。
この日も例外ではなく、陽気な「カニまつり」の掛け声とともに、 鉄板にはりつく料理役が腰をくねくねしはじめた。 その海水パンツに生きたカニを放り込む。またも荒芸だ。
「アソーレ、カーニまっつり!カーニまっつり!」
イングランドの三青年もノリノリで拍手をおくる。
「ジャパニーズ、カーニマツリ、サイコー!」
そんなあほな。

ビーチがやみくもに盛り上がった頃、もんち(どなん大陸 参照)があらわれた。
「ほんとに晴れるなんてびっくり」
臆することなく肩を出した木綿のシャツに、真っ黒な顔が笑う。 彼女は島の病院でナースをしている。 日曜なのに夜勤だそうだが、せっかくだからと出勤前に呼びよせた。 背丈は僕よりでかいけれど、いわば島の妹分である。
「あー、やっぱり島はいいね?」
きけば、たまたま友人の結婚式で栃木に帰省していて、昨日島に戻ったばかりらしい。 初めてひとり暮らしをした場所だからか、石垣空港に着くとほっとする。 もとは旅人だったはずなのに、まったく不思議なものだ。
「ええ男は見つかったか?」
「うん、終わった、かな?」
「は?」
「ほら、半年もたてば、いろいろあるって」
もんちは笑って、サンダルのまま波をけった。
「この夏はいっぱいいっぱい泳いでやるんだ」
そういうのも悪くない。今日にも素晴らしい出会いが待っているかもしれないのだから。

その年のはじめ、石垣に珍客があった。 海から大量の流木が押し寄せ、浜を埋め尽くしたのだ。 風光明媚な国の名勝・川平湾も大変な状況だったという。
原因は秋にフィリピンを襲った大型台風。 風雨に倒れで海に流しだされた木が、黒潮にのってやってきたらしい。 つくづく海はつながっているのだ。
島の浜には、一年を通して、さまざまなものが流れ着く。 椰子などの種子、東南アジアっぽい漁具、船の一部であったと思われる木片。 それらはかつて島にどんな知恵と豊かさをもたらしたのだろう。 いったいどんな旅をしてきたのだろう。 あれこれ想像しながら漂着物をひろい歩くも、島のたのしみのひとつだ。
けれど、中には、外国の文字を刻んだペットボトルや、 あきらかにあやうい注射器の類もあって、はなはだまいってしまう。 地元の人の力ではどうしようもない。ひろってもひろっても、やつらはまた流れ着く。
かつて廃油ボールというものが、島の浜のあちこちにあった。 沖で船からたれながされた油が、波にもまれて野球ボールぐらいの玉になる。 今はずいぶん少なくなったけれど、それでも時々ふんずけて往生する。 あほんだら。と、はらいせに言いながら、そう言う意外になすすべがない僕がいる。 きっと珊瑚や魚達も同じだろう。
海に育まれた者として、僕はどうあるべきなのだろう。
こうしている間にも、黒潮は島のすぐそばを流れている。 僕達は容易に想像できないほど大きなものの中にあるのだ。

やがてイングランドの三人組がうれしげに海へ入り、沖へ向けて歩きはじめた。 後を追うように女性陣も次々と浜にやってきた。
「一緒に流しません?」
百円均一で買ったガラス瓶の中に紙切れが一枚入っている。 干上がったリーフの先まで行ってこれを流すという。 いつもこういうことになっているのか、たまたまの思いつきか、粋なはからいだ。 この辺りは強烈な離岸流が生じる場所だから、 瓶はたちまち海の大通りへ出るだろう。 そして、いつの日か、どこかの浜に流れ着く。
「手紙みたいなものです」
なるほど、こういうところにいると誰でも詩人になるのかもしれない。
「そんないいものじゃないんですけど・・・」
彼女は肩をすくめてTシャツのまま海に入った。 ひとり、またひとり。波の音に歓声がはじける。 それをヒデオがビデオで追う。青春映画のひとこまのようだ。 行く手には、夏雲が輝いている。やはり、やつらはあなどれない。
「ああ見えて、なかなかやるな」
「手紙、なんて書いたんだろうね?」
もんちは目を細めて言った。
実をいうとその手紙には、なぜか「カニまつり」とだけ書かれていた。 けれどそのことはもんちには告げないでおくとしよう。

ビーチからもんちが出勤した後、僕らも米原を後にした。
オグデン道路を西へはしり、ご丁寧に平久保半島の先まで行って、島の東岸を南下した。 案の定、僕らはぐでんぐでんで、しっかり者のナツコがハンドルを握っていた。
「なんだかいつもこうなちゃうのよね・・・」
考えてみると、このあたりまであしをのばすようになったのは最近のことだ。 果物の仕入れに行くFさんの車に便乗して行く北部の村々は、 僕にあたらしい石垣をくれた。
裏石垣とも呼ばれる北部は、街である「市内」とはやや趣が異なる。 威風堂々とした山にのどかな畑。とにかく風がいい。さらされているだけで気持ちがすいとなる。
けれど、昔は大変だった。このあたりは比較的あたらしく開拓された地域だ。 みんな笑顔で昔を語るけれど、亜熱帯の地でマラリヤと闘いながら山野を切り拓く苦労は想像を絶する。 だからこそ、良い作物ができるのだとFさんは言う。
「昔の人には頭がさがりますよ」
ある晴れた日、初めてドラゴンフルーツの花を見た。
近年マンゴやパインにつづく島の特産となったドラゴンフルーツは、 正式にはピタヤという南米産のサボテンの実で、比較的長い期間収穫が見込める。 情熱的な見かけとは裏腹に、淡白な味の不思議な果物だ。
その花が咲いたというので、Fさんに連れていってもらった。 月下美人のような清らかな花で、その姿も竜に似ていた。 多くは満月大潮の日に咲いて、ちょうど一月後の満月大潮に収穫をむかえるという。 まったくもって神秘的な植物だ。
「驚くことないよ、みんな自然の一部なのに」
農園の親父はさもあたりまえのように言った。
つまるところそれが、僕にとっての北部である。

真っ赤な夕日が港をそめた。
宿に入った僕は、シャワーを浴びてふたたび街へ繰り出した。
ダイバーがログをつけるように、その日の海をその夜に語るのがいい。 昼につづいて焼肉だが、今度こそ正真正銘の石垣牛である。
店に入ると、お隣のテーブルに口髭チャーリー氏の姿があった。 偶然というより、いくらかは店側のはからいであったようだ。 お連れの家族が帰ると口髭チャーリー氏は僕らの席に移動し、再会の乾杯となった。
「いかんね、ちゃんと連絡して来んといかんよ」
島に来てかれこれ一年、いまだに名古屋弁で通す、いかした髭のおっさんだ。 もともとジャズの世界の人だが「この島に合うのはこれしかない」と、 このほど石垣で初めてのブラジル音楽の店を出す。 その名も「パパ・ビゴージ(口髭)」。
「そのまんまやないですか?」
「ま、こういうのがええでしょう」
全国から仲間を呼んで、南の果てからおもろい波を起こしたい。 島唄とのセッションもたのしみだ。もちろん自らもライブの舞台に立つかまえだ。
「せっかく生まれてきたんだし、たのしまんといかんでしょう?」
石垣にはいろんな人がやってくる。 それで変わりゆく島が、僕は好きだ。

たらふく食った僕らは、次の店に移動した。
美崎町のはずれにちいさな民謡酒場がある。 のれんをくぐると、店主の息子が「島行ってきたか」と迎える。 踊り手のノンちゃんが生ビールをもってくる。 黒島出身の若き唄者が家族と仲間で営む、にぎやかな店だ。
「おかげでなんとかやっていますよ」
南の唄者・島仲久は、いわば島のお祭り男。 島の催しには決まって彼の勇姿がある。 飾らない陽気な唄で、必ずその場を盛り上げる、魔法のような唄い手だ。 代表曲「黒島ラブラブ」から「踊れや踊れ」とつづく恒例のフィナーレで、 我を忘れて踊ったという人も少なくないのではないかと思う。
僕はこの人がつくる、じっくり聴かせる曲が好きだ。
「お正月以来?そういや、あのときは大変でしたね」
年末に店の厨房で鍋を焦がして、家主から営業停止をくらってしまった。 おかげで元旦早々ライブができない状態だったが、 それでも「オレなんかこれだけだからね」と、三線一本で歌ってくれた。
しずかに魂をゆさぶられる思いがした。

 白雲ぬ流り 潮風ん吹きば
 はるか彼方から ぬくぬくと 風ぬ吹く
 南ぬ風 吹きよ
 くぬ島に 吹きたぼり
 南ぬ風 吹きよ
 くぬ八重山に 吹きたぼり


明日がいい日であることを願って、島の夜が更ける。
そして、僕たちは、心の中で叫ぶのだ。
今日も大成功だ、と。


 島の冬・ファイナル・怪獣・初日の出・野菜スープ


やや時間をさかのぼって、半年前の話をしたい。

石垣の年末年始。島で年越しするのは僕も初めてだった。
いくら南の島でも冬はある。だからこそ夏がきらめくのだと思う。
十二月に入っても泳げるような日が続いていたのに、 クリスマスを境に天候は一転し、島は北風吹きすさぶ冬になった。
最後の黒島の旅から戻ると、石垣の街は一気に師走になっていた。 口髭チャーリー氏は一時名古屋に戻り、もんちは重装備で栃木に帰り、 最後まで仕事していたヤスヨも昨夜那覇に帰省した。 島はすこし違う顔になって、新しい年を待っていた。

三十日、美しい夕焼けの中、僕は歩いて出かけた。 美崎町にあるヒデオのバーが閉店となる。 その夜は感謝のファイナルパーティーで、僕も出席することになっていた。
ところが、知人の店でソルボーらと飲みはじめたら、 案の定いい調子になってしまい、気がついたら十二時をまわっていた。
かなり遅れて行くと、店は満員で、ヒデオははりきってカクテルをつくっていた。
同級生達もこぞってお祝いに駆けつけた。 この店は最後だが、しばらく充電して、いつか自分らしい店をひらく。 そういう約束をした、はじまりの夜なのだ。
「ありがとうございます、今とてもハッピーです」
ある雨の夜、ちゃんとした名前があるのに「ヒデオのバー」と呼ばれていたこの店で、 彼はたまたまやってきた僕を迎えた。 とにかくひどい雨だったから、客は誰もいなかった。 ヒデオはすこし照れながら、自分で撮ったというビデオを見せてくれた。 島を出てゆく友にはなむけの言葉を書いたスケッチブックを いろんな人が掲げるだけの映像で、僕はいい男だと思った。 そのビデオが、門出の夜に流れている。
「大丈夫すか?今夜はオールナイトですよ」
「もうすぐいつものように眠るはずよ」
「何を言うか、まだ今年は終わってない」
その夜、僕はもうひとりの客を待っていた。
「鉄の名古屋女」を自称するユキが石垣にいるというので、さっき電話で呼び出した。 すこし時間が遅すぎるかとも思ったが、彼女は飄々とやってきて、 なぜかパッションフルーツのジュースをたのんだ。
「元気?」
「うん、ようやくちょっとだけ」
あたらしい自分を求めて八重山に来て、彼女はとある島で首尾よく居場所を見つけた。 ところが先日、その島を飛び出した。いったい何があったのか、いささか心配である。
「よくしてくれた人に悪いとは思ったんだけど・・・」
「あらいざらい話せ、そうすればすっとするはず」
とかなんとか言いながら、僕は酔っ払って眠ってしまった。
鉄の名古屋女は、初対面のナツコにこうもらしたという。
「こいつは、いかん」

二日酔いとともにやってきた大晦日は、非常に冷たい日だった。
僕は友人にたのまれたストーブを黒島行きの船に乗せ、 なぜかFさんと米原の土産物屋に行って、 大雪の中で決行された高校サッカーをテレビで観た。 何年ぶりかの寒波で気温が十度を下まわったと、島はちょっとしたさわぎになっていた。
年越しの宴会は、ソルボーの部屋でいつもよりはやくはじまった。
帰省せず島に残ったナツコが、職場の先輩とつくったというおせち料理を持ってきてくれた。 Fさんはてんこ盛りの刺身を持参し、 ソルボーも内地風年越し八重山そばをこしらえ、なにげに豪華な宴だった。
石垣の年越しは、桃林寺で除夜の鐘をついて、 冨崎観音堂に初詣に行くのが定番だという。 当初はそんな島の新年をあじわおうと話していたが、結局出かけはしなかった。 年越しも酒は白百合。金粉を浮かべてぐびぐび飲んだ。 おかげで、桃林寺の鐘が島に響く頃には、すっかり出来上がっていた。
「いろいろあった一年ですからね、やっぱこういうのがいいですよ」
「ゴーン、ありがとー」
そして、カウントダウンがはじまった。
「えーっと、何にだっけ?」
「私たちの出発に!」
まもなく、あちこちからニューイヤーコールが舞い込んだ。 その度にまた乾杯。それぞれの場所で新しい年がはじまったのだ。
「おめでとー、飲んでますかー」
「アロハー、今年はもっとパラダイスな年になるよー」
「こっちはでら寒くていかんわ」
「え?まだ島にいるんすか?」
「愛してるよー」
「あははは、ばかー」
あとはあまりおぼえていない。 僕は白百合の一升瓶をかかえて上機嫌で眠ったようだ。 しかも、新年早々、大いびきをかいて。

「怪獣さん、初日の出だよ」
ナツコの声に目覚めると、ソルボーが苦笑してスタンバイしていた。
外はまだ暗い。幸い日の出にはまだ間があるようだ。
「天気わるそうやけど・・・」
「大丈夫、きっと出ます」
日本で最後にのぼる新年の朝日を撮る。 そのために飲むのを我慢していたナツコがハンドルを握り、 僕たちは真っ暗な道を繰り出した。 気分は伊勢神宮に行くのと変わりないが、 カーラジオから流れる新春民謡がいかにも島らしい。
玉取崎にはすでに何台かの観光バスが停まり、展望台はほぼ満員の状態だった。 絶景ポイントのここで初日の出をおがみたい。 僕らと同じことを考えてやってきた観光客は思いのほか多いようだ。
「ラッキー、人が多い方がありがたい感じが出ます」
ややはずれたところに陣取って、ビデオの三脚を立てた。
ところが、東の空がしらんでくるにつれ、 予想以上にぶ厚い雲が新春の空をうめつくしていることが明らかになった。 観客から落胆の声があがる。 おまけに、風が強く、とにかく滅茶苦茶に寒い。
「よし、場所を変えましょう」
多少場所を変えたところでどうにかなるとも思えないのだが、 機材を撤去して次の候補地・白保へ向かう。 ここまできたら見ないと気がすまない。
「大丈夫、きっと出るはず」
白保で日の出をおがむなら、一般的にはカラ岳の上だろう。 けれど、ナツコは畑の中で曲がり、 これでもかと細い道を起用に抜けて、海に出た。 ちょうど沖にポールが立つあたり。浜に人影はない。
ここは広大なイノー(礁池)にさまざまな珊瑚が点在し、 北半球最大級のアオサンゴ群落がいきづく貴重な海だ。 僕にとってはスノーケリングの場所だが、 古くから村の生活と深く関わった「命をつなぐ海」であったし、 埋立の危機にさらされながら市民によってまもられた海でもある。
「さあ、今年の運勢はどうでしょう?」
「神さまはね、いるよ」
幾重にもかさなる雲からわずかに光がさし、天使のはしごがかかった。 けれど、雲をつきやぶって太陽そのものが姿をあらわすことはなく、 僕らはうなだれて再びビデオの三脚をたたむことになった。
「まあ、明日もお日さんはのぼるわけやし・・・」
ところが、あきらめて車に乗り込んだとき、サイドミラーが光った。
「まさか・・・」
反射的に車を降り、海へ向かってはしる。
ほんまに出た。日本の初日。
海も森も、すべてをつやつやと照らし抜く、なんと神々しい光。
「おーい、ありがとー」
輝く空に向け、ナツコは大きく手を振った。
私は、ここに、いるよ。

「いきとる?」
「なんとか」
「おぼえとる?」
「なんとか」
そんな会話の後、鉄の名古屋女ユキと初詣へ出かけた。 あとの連中はさすがにグロッキーで初夢の真っ只中。 ユキは会うなり「酒くさっ」と顔をしかめ、海で会ったときとはまるで別人だと笑った。
なんとか天気ではあるが、元旦も寒い日になった。 二人ともありったけの服を着込んだ。 この地ではく息が白いなんて冗談のようだ。
島にはたくさんの聖地があるけれど、内地でいうような神社はない。 このため初詣はお寺の管理となる冨崎観音堂。 古くから島人が航海安全と無病息災を祈ってきた場所だ。
さささやかな初詣を勝手に想像していたが、 行ってみると露店がたちならび、いたくにぎやかだった。 この島のどこにこんな人がいたのかと思うほどの人出だ。
「今年は悪いことがない平穏な年でありますように」
「普通は『いいことがありますように』とちゃうか?」
「欲ばりはいかんて、これぐらい謙虚な方が神さまもききやすいでしょう?」
僕達は一時間ならんで参拝した後、 「大阪名物、本場の味」と銘打った露天で大阪のそれとは似ても似つかないイカ焼きを買って、 缶ビールを手に護岸堤防の上によじのぼった。 対岸は竹富島。ややかすんでいるが西表の島影も見える。
「結局は甘かったのかな?」
ユキは島に来てからの一部始終を淡々と語り、 正月がすんだら船で名古屋に帰るのだと言った。 箱入娘だった自分のカラを破ろうと、仕事を辞めてやってきた。 すこしづつ変わるはずが、いろんなことが嵐のように押し寄せて、初めて自分が見えた。
「また来る、もっと元気になって」
鉄の女はやわらかに笑った。僕も同じかもしれない。 ここは癒される場所ではなく、自分を気づかせてくれる場所だ。
「大丈夫、人生は野菜スープ、だもの」
「いろいろ入れてグツグツ煮込む、素材は同じでも、お味はつくる人次第」
「あれ、知っとるの?」
「ああ、こんな台詞を平気で言えるのは、あの人ぐらいでしょう?」
「たしかに」
笑い声が、初春の海にとける。今年初めての夕日が、あたりを照らしていた。

その夜は知り合いの店で初飲となった。 島酒は飲めないと信じ込んでいたユキも、平気な顔でガンガンいった。 そして、自らの門出にいたはずの僕らは、 はからずしもさまざまな出発に立ち会っていたのだと思う。
翌日、彼女は初の二日酔いで新春闘牛大会を見逃し、僕は午後の便で島を出た。
切ないほど晴れた、美しい日であった。



 島ぞうり・月曜日・離島桟橋・青空美容室・夏の島


めざめると波の音。
眠い目をこすり海を見る。 エメラルドの光の中に緑の島。
ふらりと煙草を買いに出れば、通勤途中の友人が手を振る。
「今日はどうする?」
「どうするかね?」
石垣の一日のはじまりは、いつもこういうかんじだった。
今もそうに違いない。

と思っていたら、いささか違った。
ふたたび話を現在にもどそう。
最終日、めざめるとネオガイアさんが申し訳なさそうに笑っていた。
この宿で僕の部屋をさがしあて、わざわざ起こしにきたらしい。
「行きましょう、サガリバナ」
「今から?」
「ええ、私もこんな展開になるとは思っていませんでした」
眠い目をこすりおもてへ出ると、車の中でナツコが元気に手を振った。 なるほど。助手席ではソルボーがビデオ機材を抱えたまま眠っている。
「おはよう、怪獣さん、早起きすると気持ちいいね」
けれど、満天の星。早朝というか、あたりはまだ真っ暗ではないか。
「大丈夫、花のところまで行けば明るくなるはずよ」
高らかに宣言し、島の道を走り出す。 やれやれ、やはり島は不思議がいっぱいだ。
サトウキビ畑を抜け山手へすすんだ車は、意外なところで止まった。 川の音はするが、密林というよりどこにでもあるような藪だ。 本当にこんなところに目当ての木があるのかと思った矢先、 ナツコが「あ」と声をあげた。 濃厚な甘い香りがあたりをつつんでいる。
「サガリバナです」
見上げると、咲いていた。写真で見た通りの清廉な花だ。
「カヌーで行かなくってもいいんだ」
大きな木の枝という枝から、文字通り房のような花が垂れ下がる。 一夜かぎりの花は、朝になると咲いたままの状態でぽとりと落ちる。 花びらの先に浮きのようなものがついていて、落ちると水面に浮くらしい。 足元の池はいちめん落下でうめつくされている。
「いつ見ても不思議だね」
「ええ、命の姿です」
僕たちはそこにすわって、荘厳な水面を眺めていた。 ぽつりぽつりと花が落ち、あたりはすこしづつあかるくなった。
「ね、思い切って来てよかったでしょう?」
ナツコが目を細めて言う。 考えてみれば、月曜の早朝から花を見に出かけるという無謀な催しは、 他でもない僕のためのものであった。
帰り道、カンムリワシをみた。 この島を象徴する鳥だが、実際は島にいてもめったに見ることができない、 国の特別天然記念物である。ネオガイアさんは興奮して車を停めた。
カメラを手に車を降りたが、彼はささっと飛び立ってしまった。
「あー、やられた」
「でも、いいんじゃない?」
サトウキビ畑を染め抜いて、見事な朝日がのぼる。
この朝を、ずっと忘れないでいよう。

まぶしい太陽はぐんぐん勢いを増した。
雲ひとつない、スカッと晴れた空に、いっせいにセミどもが鳴きはじめる。
やはり石垣はこうでないといけない。
僕は島ぞうりをはいて新川まで歩いた。一の橋から見る海が好きだからだ。 案の定、その日の眺めは今まで見た中でもいちばんだった。
今日は月曜日、あたらしい日々のはじまりだ。 もんちはそろそろ夜勤を終え、ヤスヨは出勤した頃だろうか。 部長は新会社設立の準備に追われ、 Fさんも甘いパインを求めて北部へと車をはしらせていることだろう。
僕は昼の飛行機で大阪へかえる。
楽しい週末はあっという間で、だからこそいいのかもしれない。

宿を出た僕は、ふらりとサトコさんの店をのぞいた。 この店のオーナーであるマーキーさんがノリさんの親友。 それが縁で僕はここで髪を切るようになっている。
マーキーさんはもともと船会社で働いていた海の男で、 この春から観光客を船で連れてゆく事業をはじめたらしい。 誰も行けない竹富東沖でスノーケリングさせて、帰りに竹富島に寄るスペシャルコース。 今も海に出ているという。
「島はどんどん変わりますね?」
年中無休だったこの店も、サトコさんが切り盛りするようになって、水曜を休みにした。
「私はもうけるために島にいるわけじゃないから」
サトコさんは内地の人だ。絵に描いたような都会で修行して、 カリスマ美容師という言葉が流行った頃にけっこうな売れっ子になった。 その腕をかわれ口説かれて島へ来た。「だまされたともいう」と本人は笑う。
いろんなことがあって、ようやくやりたいことが見つかった。 ひとことでいえば、島々への出張散髪計画。 例えば、波照間島の人が髪を切ろうと思えば、 往復六千円かけて船で石垣まで出なければならない。 だから島まで出かけていって、切ってあげる人がいてもいい。 商売とはひとあじ違った意味がそこにある。
想像してほしい。ある晴れた日、海が見える木の下で、サトコの青空美容室は開店する。 お客はお友達のおばあだろうか。世間話でもしながら、ゆっくり髪をととのえる。 「帰ったらお家の鏡で見てねー、上等ななずよー」とか言いながら。
「ま、まだまだこれからだけどね」
散髪台の上で、目を閉じて潮風を思い浮かべる。
僕はあたらしい髪型になって、明日から仕事するのだ。

日本晴れの離島桟橋で、僕はユキからのメールを受け取った。
「私も島に行きたい」
と書いてあった。
荒波にもまれるように島を出た鉄の名古屋女は、 驚いたことにその足で北海道の大地をたくましく歩き、春にようやく名古屋へ帰った。 それまでと同じ街で、どんな毎日がはじまったのか。 ひとまず、元気ではありそうだ。
離島桟橋は、今日も人であふれている。 独特のざわめきが、僕はたまらなく好きだ。
島々への玄関口であるここを起点に、いくつもの旅があった。
黒島からやってくる友を迎えたのもここだったし、 鳩間島で足を折った伊豆クン(鳩間ヤシガニ探検隊 参照)と一年後ばったり再会したのもここだった。 おんな寅さん風子(パイパティローマ 参照)がかつて働いていた写真店もここにある。
工事がすすむ新港にその機能が移ったとしても、 ここはそこはかとなく出発の場所でありつづけることだろう。
というか、そうあってほしい。

新事務所をのぞくと、ソルボーとヒデオが忙しく働いていた。 準備におよそ一年を費やした八重山総合サイトの立ち上げまであとわずか。いよいよ追い込みだ。
「あがやー、もうこんな時間」
昼に丸八食堂のなかみ汁を食べに行くというので、空港まで送ってもらうことにした。 これまたギリギリの時間だ。 島の潮風で見事にサビたミニクーパーに男三人が乗り込んで、急げ急げと焼けつく道をはしりだす。
「いやあ、この日ざし、完全に夏ですね」
ヒデオはひとごとみたいに言って、あと数日に迫ったビアフェスタの今年の見所や、 島々の豊年祭、八月に催される南の島の星まつりについて語り、「島は夏がいいです」と笑った。
「またすぐ来ますよね?」
「そういうことになるかもな」
石垣にわくわくするのは、そこに人がいるからだ。
うつりゆく時の中で、ちいさな命が連なって、でこぼこした島をつくる。
僕にしかできないあたらしい旅を、ここからはじめよう。
太陽の下、僕は晴れやかに島を出る。
その日、長かった島の梅雨が、明けた。



ワクワク石垣 了


今回のBGM
M部長「わくわく音頭」
島仲久「南ぬ風」
コブクロ「ここにしか咲かない花」


よい旅をありがとうございました。またどこかの島で会いましょう。




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